rackotterのブログ

ニシカワケン

天然変性タンパク質とは何か?

 オリジナルは、生物物理  Vol.49, No.1 (2009)に「解説」記事として掲載された。

 

1. はじめに

 これまでタンパク質といえば,特定の立体構造をつくり,その構造を基盤として特異的な機能を発揮するといわれてきた.ところが近年になって,このような通念に反して,立体構造をつくらないタンパク質(あるいは,その部分)が生体内に多数存在することが知られるようになった [1].球状構造をとらないアミノ酸配列部分が数百残基におよぶことも珍しくない.このような配列部分は「本来的に不規則(intrinsic disorder)」な領域とよばれ,タンパク質分子の全体が不規則領域からなるもの,または部分的にせよ不規則領域をもつものは天然変性(natively unfolded)タンパク質という.イメージとして,これらの不規則領域は変性状態のランダムコイルに似た状態にあると考えられている.そうだとすると,なぜ生体内でたがいに会合し凝集しないのか,あるいは,単独で存在するなら,なぜ各種のプロテアーゼ(分解酵素)によって分解されてしまわないのか,といった疑問が生じる.しかし,このように従来からの通念に一見反して見えるところが,天然変性タンパク質の最大の特性なのかもしれない.

天然変性タンパク質が生体内に多数存在することは事実であり,しかもシグナル伝達系や遺伝子発現制御などに関与する重要なタンパク質のなかに特に多いともいわれている.しかし,その一方で,注目されるようになったのが比較的最近になってからという事情もあって,天然変性タンパク質をめぐってはまだ不明な点も多い.以下では,何がどこまで明らかにされ,どのような問題が残っているかを,私見を交えながら述べることにするが,そもそもタンパク質の長い研究史のなかで,なぜ天然変性タンパク質はその存在がこれまで見落とされてきたのか,というところから稿を起したい.

 

f:id:rackotter:20210630175932j:plain

          天然変性タンパク質のイメージ図

 
2. なぜ天然変性タンパク質の発見は遅れたのか?

 立体構造そのもの,あるいは,構造をつくらない部分をもつようなタンパク質は,実はずっと以前から知られていた.X 線結晶解析の分野では,リボソーム・タンパク質のように結晶化しない(しにくい)ことで有名なタンパク質がある.あるいは,結晶化に成功して構造決定してみると,タンパク質の一部(100 残基のオーダーにおよぶこともある)が見えないこともある.見えない部分は結晶中で動きをもつためか,または多型的な構造をもつためと解釈される.そのような部分は結晶化を妨げる場合が多いので,あらかじめその配列部分を切り取り,短いリンカーなどで置き換えるといった工夫が加えられたりする.X 線結晶学者にとって,これらの部分は結晶化を妨げるじゃまものでしかなかった.一方,情報解析の分野では1990 年代になって,タンパク質中に同じアミノ酸の連続や,少数個のアミノ酸からなる単調な配列が多量に見いだされ,低複雑性(low complexity)配列とよばれていた [2]. このような配列は通常の球状構造をつくる部分には現れないため,それ以外の領域と解釈されたが,その形状については推測の域を出なかった.むしろ,低複雑性配列を含むタンパク質のホモロジー検索を行うと多量の不用な配列がヒットするため,それを防ぐための便法として使われ(あらかじめ低複雑性配列をマスクしておく),広く知られるようになった.以上のように,構造をつくらない部分の存在は知られていたが,いずれにせよ否定的な意味合いが強く,まともな研究対象とされなかった.

このようなマイナスのイメージを逆転し,不規則領域に積極的な意味を与えたのが,1999 年に発表されたWright らの論文[3]だった.この論文では,NMR 測定によって種々のタンパク質が不規則領域を介して他のタンパク質と相互作用することが示されるなど,多数の実験的事例が集大成されている.それによると,不規則領域は単独の遊離状態では決まった形をもたない不定形状態に特有のNMR スペクトルを与えるが,相手タンパク質が共存すると相互作用し,α ヘリックスなどの2 次構造を形成しながら複合体を形成するという.この種のタンパク質―タンパク質(または,タンパク質―核酸)間相互作用を示す天然変性タンパク質の事例として,転写因子,コアクチベータ,転写終結因子,細胞周期調節因子,RNA 結合タンパク質など多数が紹介されている.

上記のWright らの論文のタイトルは「タンパク質の構造・機能相関パラダイムの再検討」と銘うたれている.かたい球状構造をつくることによってタンパク質ははじめて機能する,と考えるのがわれわれの常識だった.論文ではその常識を見直すべきことが強調されているが,同じことが,なぜ天然変性タンパク質の発見は遅れたのか,という問いに対する答えにもなる.常識に反するデータは認めたくないし,無意味なものとして否定したくなるからである.もう1 つ,遅れた原因を求めるとすれば,分子生物学の研究が細菌から始まり真核生物は後まわしになったという事情も無視できない.原核生物のタンパク質は相対的に単純で上記の意味のパラダイム(常識)に合致するものが多いのに対し,真核生物では複雑で常識はずれのタンパク質が多いからである.後述するように,天然変性タンパク質は真核生物において圧倒的に多く見いだされる.

Wright らの論文によると,1990 年代半ば頃には,NMR 研究者を中心とする人々の間では天然変性タンパク質の存在がすでに知られていたことがわかる [4].その先行者となったのは,1980 年代という早い時期に転写因子の異常さを指摘したSigler [5] かもしれない.彼は,転写因子の転写活性化部位(activation domain)とよばれる機能部位が,形のない負電荷をおびた「ヌードル」のような状態にあると表現した.しかし,新しい概念が定着するためには,それにふさわしい名称が必要だったようである.本来的に不規則(intrinsic disorder)という用語の登場によって,はじめて天然変性タンパク質の存在が認知されるようになったといえる.


3. 情報解析からのアプローチ

 天然変性タンパク質の研究を,いちはやく情報解析の分野にもち込んだのは Dunker であった [6].Dunkerらが情報解析の基礎としたのは,構造をつくらない不規則領域の配列が球状構造の部分とは顕著に異なるアミノ酸組成をもつという特性だった.球状構造がフォールディングのために一定量の疎水性残基を必要とするのに対し,不規則領域は荷電性および親水性の残基に富み,疎水性残基は顕著に少ないという傾向を示す.このようなアミノ酸配列における差異を利用すれば,配列データから不規則領域を予測することができる.こうして2000 年前後から始まった情報解析は,ゲノム情報の急増する波に乗って,あらゆる生物種のタンパク質を対象とした解析へと広げられ,矢つぎば
やに論文が発表されるようになった.その結果,次のような事がらが明らかにされた.

1)不規則領域には短い配列パターンからなる繰り返し配列が含まれることが多い [7].これと関連して,先に述べた低複雑性配列は不規則領域の一部に含まれると解釈されるようになった.2)ドメインと比べて不規則領域は大きな進化速度をもち [8],したがって配列の保存性が極端に悪い.この点は天然変性タンパク質に対してBLAST によるホモロジー検索を行うことで容易に知ることができる.3)ドメインと不規則領域からなる天然変性タンパク質の分子構成を見ると,通常,不規則領域はドメインどうしを連結する部分やタンパク分子の両端に存在することが多いが,ときにはドメインの途中に挿入されることもある [9[.この場合,不規則配列は球状構造の表面(2 次構造間のループ)に挿入され,分子表面からとび出した不定形ループを形成する.4)比較ゲノム研究によると,天然変性タンパク質の割合は真核生物に多く,原核生物では少ない.定量的な値は,予測プログラムによって異なるが,Jones ら [10] の値(不規則領域の全長に占める割合は真核生物では16-22%,原核生物では3-7%)が妥当だと考えられる.5)真核生物においては,天然変性タンパク質は核内にもっとも多く,ミトコンドリアでもっとも少ない[1]).後者は,ミトコンドリアが細菌の共生に由来することを考えると4番目の点と符合する.一方,機能面においては上述したように,相互作用と同時に一定の形状が誘起されて複合体を形成する,いわゆる「結合と折りたたみの共起」(coupled binding and folding)する現象が種々の天然変性タンパク質で実験的に確認されている.このような相互作用は通常は一過的・可逆的に起こるとされる [11].不規則領域中の相互作用部位はα ヘリックスなどの2 次構造形成能を示すことが多く,配列の特徴に注目した機能部位予測の試みも始まっている [12].また同一の相互作用部位が,状況が違えば異なる標的タンパク質と結合する,いわゆる多角的(promiscuity)相互作用の現象がある[11].これは従来の球状タンパク質どうしの相互作用には見られない,天然変性タンパク質だけに特徴的な現象である.このような多角的相互作用の特性から,細胞内相互作用ネットワークにおけるハブ・タンパク質との関係が注目され,事実,ハブ・タンパク質は不規則領域を多く含むことが統計的に示されている [13, 14].その他に,天然変性タンパク質の不規則領域にはリン酸化やユビキチン化などの翻訳後修飾を受ける残基部位や,核移行シグナルなどのシグナル配列など,広い意味の機能部位も存在する.


4. 天然変性タンパク質の典型としての転写因子

 転写は遺伝子発現の最初のステップにあたり,DNA にコードされた遺伝情報がRNA に写しとられる.真核生物において転写を実行するのはRNA ポリメラーゼ2(RNAPII)であるが,RNAPII をDNA 上の正しい位置(プロモータ)に導く基本転写因子群と多数の補助タンパク質因子(メディエータ)からなる転写開始複合体が,転写因子からの活性化シグナルを受け取ることによって転写が開始する.こうして遺伝子発現のオン・オフを行う転写因子は遺伝子に応じて異なり,高等動植物ではゲノムあたりの転写因子の数は1000 種類以上にのぼるといわれる.転写因子はDNA 2 本鎖に結合するのでDNA 結合ドメインをかならずもつという共通性があり,DNA 結合ドメインの種類によって転写因子をファミリーに分類することができる.

先に述べたWright らのNMR 研究によって,転写因子は不規則領域を含むものが多いことはすでに示唆されていた.その後,すべてのヒト転写因子を対象とした情報解析の結果が2 つの研究グループ(1つは我々のグループ [15])によって同時期に発表された[16].これらのグループはそれぞれ異なる予測プログラムを用いているが,転写因子の全長配列のうち約半分を不規則領域が占めるという点で一致している.多数のタンパク質の平均値として,この割合は非常に高い.転写因子の分子構成を図示してみると,不規則領域と構造領域(ドメイン)の関係がよくわかる(文献17 の図6 を参照).ヒト転写因子では,DNA 結合ドメイン以外はすべて不規則領域(それと,どちらとも判定できない空白部分)だけからなるタイプのものが多い(全体の6 割).転写因子の機能を考えると,このことは重要な意味をもつ.転写因子はDNA 2 重鎖に結合する一方で,転写開始複合体に転写活性化シグナルを伝えるという機能をもつ.このような分子構成からすると,この第2 の機能部位は不規則領域中に存在せざるをえない [17].かつて Sigler が指摘したように,転写因子の転写活性化部位はまさに「ヌードル」のような不定形部分に存在する.上記の2 つの論文 [15, 16] でも,転写活性化部位は不規則領域として予測されると指摘されている.さらにWright らが明らかにしたように、これらの転写活性化部位は二次構造を誘起しながら「結合と折りたたみの共起」によって標的タンパク質と複合体を形成するわけである.

以上のように,ヒト転写因子は不規則領域の大きな割合から見ても,機能的な重要性から考えても典型的な天然変性タンパク質であるといえる.このような転写因子の特性は,ヒトにかぎらず真核生物一般に共通するが, 原核生物にはまったく当てはまらない
(図1).原核生物の転写因子はほぼ完全に不規則領域を欠いているようである [18].


5. 天然変性タンパク質は真核生物に特有か?

 図1 から明らかなように,転写因子にかぎれば不規則領域は真核生物に多く,原核生物大腸菌)では少ない.これらの結果は予測プログラムを機械的に適用して得られたものであり,大腸菌転写因子のおよそ5% という不規則領域の割合は,ドメインどうしをつなぐリンカー部分や,配列の両末端に現れる(ドメインに含まれない)テール部分の総和として説明できる.いいかえると,大腸菌転写因子には(長大な)不規則領域は事実上存在しないと考えられるのである.

それでは,同じことが転写因子にかぎらずタンパク質一般についてもいえるのだろうか? 真核生物と原核生物における不規則領域の量的な差異を明確に示したのはJones ら[10] であった.すでに述べたように,天然変性タンパク質の割合は真核生物で高く,原核生物では低くて両者のあいだに不連続的な差異があることを示した.一方,早い時期から情報解析を始めていたDunker や,Tompa グループは真核/原核生物を区別することなく,原核生物にもかなりの割合の天然変性タンパク質が存在すると報告していた[6, 19].ところが,最近ではJones らの論文の影響からか,天然変性タンパク質は原核生物よりも真核生物に「相対的に多い」という表現に変わりつつある.解析結果のこのような違いが生じる原因には予測プログラムの問題がある.Dunker らはPONDR という予測プログラムを開発し,Jones らはDISOPRED を開発した.DISOPRED に比べてPONDR が不規則領域を過剰に予測する傾向を示すことについては,別に記した [17] のでここでは繰り返さない.

ところで,天然変性タンパク質は原核生物にも存在するか,という上記の問題は「本来的に不規則(intrinsic disorder)」という定義をどう解釈するかという問題に関係する.たとえば,リボソーム・タンパク質は単離精製すると結晶化しないことで有名だが,それゆえにリボソーム・タンパク質は天然変性タンパク質だと見なすべきだろうか.リボソーム・タンパク質は生体内(in vivo)で遊離した状態にあるわけではなく,リボソームRNA のつくる巨大な構造のあいだに入り込み,構造安定化材としてはたらく.全体としてのリボソーム顆粒の結晶構造を見ると,個々のリボソーム・タンパク質はRNA との複合体のなかで固定化されていることがわかる.むしろ,生合成直後のリボソーム・タンパク質の示す形態的な柔軟性は複雑なRNA分子との複合体形成にとって必要であるが,最終的には固定した構造をとる.したがって,RNA との複合体をつくった状態が「本来的」だとすれば,リボソーム・タンパク質は天然変性タンパク質とはいえないことになる.同様の議論は,細菌の鞭毛タンパク質であるフラジェリンにも当てはまる.単離したフラジェリンは柔軟で不定形の状態にある [20]が,最終的にはフラジェリン重合体として鞭毛の中に組み込まれる.フラジェリン単体の柔軟性は重合体形成のさいに鞭毛内部の筒状の空間を通過するために必要だと考えられている.つまり,生合成後のフラジェリンは一時的にいわば疑似変性状態を経験するという点でリボソームタンパク質と似ている.しかし,その後の重合体に組み込まれた状態こそ本来の姿だとすると,フラジェリンは天然変性タンパク質だとする議論 [21] はあたらないことになる(ちなみに,DISOPRED 予測によるフラジェリンの不規則領域は6% にすぎない).

 私見によれば,これまで原核生物において見いだされた天然変性タンパク質というのは,単純に予測プログラムによる過剰予測の結果か,あるいは上記のフラジェリンやリボソーム・タンパク質のように生合成後の一過的な姿を捉えたものにすぎず,本来の状態とはいえない場合が多いと思われる.そうだとすると,原核生物には長大な不規則領域をもつタンパク質は事実上存在せず,したがって,天然変性タンパク質は真核生物にだけ存在する真核生物特有のものといえるのではないだろうか.


6. 細胞内局在性

 現在のところ,天然変性タンパク質は真核生物のみに限られるとは言い切れないまでも,原核生物に比べて真核生物に多く存在すると見る点では研究者の意見は一致している.では,真核生物のタンパク質にはある割合でまんべんなく不規則領域が存在するのだろうか? 先に紹介したJones らは論文 [10] では,細胞内局在の違いにしたがって

 

図1。 生物種ごとに見た転写因子の比較.各生物種の多数の転写因子について,構造ドメイン(緑)と不規則領域(赤)の割合を調べた.空白部分は,既知の構造ドメインとも不規則領域とも予測されなかった割合を示す.不規則領域の割合は,真核生物(ヒト,ショウジョウバエ酵母シロイヌナズナ)と原核生物大腸菌)のあいだで大きな差があることがわかる.(本図は,冊子体ではモノクロ, 電子ジャーナルhttp://www.jstage.jst.go.jp/browse/biophys/ ではカラーで掲載)

出芽酵母の全タンパク質を分類したのち,それぞれの分類カテゴリーごとに予測によ
る不規則領域の割合を解析している.その結果,タンパク質あたりの不規則領域の割合は,核内タンパク質でもっとも多く,逆にミトコンドリア・タンパク質でもっとも少ない,などの偏りを示した.ただし彼らの論文では相対的な統計値しか示されていない.それを補う意味で,Jones らの予測プログラムを用いてわれわれの追試したヒト・タンパク質に関する同様の結果(Minezaki et al. 未発表)を表1 に示しておく.タンパク質データはSwiss-Prot データベースに記載されたヒト由来のタンパク質を使用し,それぞれのタンパク質の細胞内局在の判定はSwiss-Prot の記載にしたがった.表中のリストのうち2 番目の「核・細胞質」というカテゴリーは,核と細胞質の両方に分布するものを指し,「その他」は複数のカテゴリーに分類されるなど帰属が不明確なものを意味する.表1を見ると,核タンパク質は群を抜いて不規則領域の割合が高いことわかる.すでに述べた転写因子も核タンパク質に含まれるが,転写因子は核タンパク質全体の約3 割を占めるので,残りの7 割の核タンパク質も不規則領域を多く含むことになる.なぜ核タンパク質は不規則領域を多くもつのか,という点は興味深い問題である.

次に見方をかえて,タンパク質を細胞内(細胞質と核)と細胞外(分泌性と小胞体(ER),ゴルジ体)にわけて考えると,不規則領域は細胞内タンパク質に多く,細胞外タンパク質で少ないことがわかる.膜タンパク質の平均は細胞外に近い値を示しているが,膜タンパク質を細胞内外のドメインにわけて不規則領域の割合を調べた結果によると,予想どおり,細胞外ドメインよりも細胞内ドメインで相対的に不規則領域が多く存在した [22].細胞内外でこのような非対称性を生じる原因は何なのか,これも未解決の問題である.ミトコンドリア・タンパク質は不規則領域が相対的にもっとも少ないのはJones らの結果と一致しているが,表1 の値(9-11%)は期待したほど低い値ではない.ミトコンドリアが細菌由来の細胞内共生体であることを考えると,ミトコンドリアで働くタンパク質にも細菌におけると同様に5% 前後の低い値が予想されたのである.このような定量的なくい違いの裏には何があるのか,ミトコンドリアと細菌のタンパク質を慎重にくらべてみる必要がある.

 

表1   ヒト天然変性タンパク質の細胞内局在

分類カテゴリー    タンパク質数 不規則領域の残基割合

核           1374                    42%
核・細胞質                 257                    32%
細胞質             750                     25%
細胞膜         2161       14%
細胞外(分泌性)           813                     13%
小胞体(ER)/ゴルジ体  124                     13%
ミトコンドリア       276                     11%
ミトコンドリア膜      131                       9%
その他           371                      ー
合計/平均       6257                     23%

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 


7. コンピュータ予測の問題点

 天然変性タンパク質のなかには,全長が不規則領域からなる例外的ものがあるが,転写因子で見たように,ドメイン(単数または複数)と不規則領域の両方を同時にもつのが通例である.したがって,ごく自然に考えると,ドメインに含まれない部分は不規則領域であり,逆に不規則領域でなければドメインというように,1 個のタンパク質は2 種類の領域に分割されるはずである.ところが奇妙なことに,これまでに開発された不規則領域の予測プログラムは不規則領域か否かを予測するものばかりで,ドメインに対しての不規則領域という発想は見られない.たとえば,この研究分野のリーダであるDunker らは,予測プログラム PONDR を用いておびただしい量の論文を発表し続けているが,予測された不規則領域の多少に言及するのみで,ドメインとの関係については一切触れようとしない.仮に,球状構造をつくるドメインの領域が(部分的にしろ)不規則領域と予測された場合は明らかに予測エラー(過剰予測)というべきだが,ドメイン領域を明示しなければ予測の成否はうやむやに終わる.

一方,タンパク質のドメインについては長年の研究の蓄積がある.ドメインはタンパク質の構造単位というだけでなく,フォールディングの単位でもあり,有限個の基本形(フォールド)に階層分類されている [23].ドメイン構造は安定であり,進化的な保存性が高く,原核/真核生物にまたがって共通に保存されるドメインも多い.したがって,ドメインという安定要素に注目した情報解析はゲノム規模の比較解析に有効であり,多くの研究が行われてきた [24-27].ところが奇妙なことに,ドメインを重視する研究者たち(Koonin [24],Orengo [25],Teichmann [26],Elofsson [27]など)は天然変性タンパク質についていまだにまったく触れようとしない.つまり,タンパク質の情報解析の現状をあえていうなら,不規則領域に注目する人はドメインに一切触れようとしないし,反対に,ドメインを重視する人たちは不規則領域を完全に無視する,といった世にも不思議な構図が成立しているのである.このような不自然な状況を打破するためには,ドメインと不規則領域の両方を同時に見る視点が重要であると考える.たとえば,「不規則領域予測」という発想がすでに誤解のもとかもしれない.その点を説明するために,われわれが実際に行った対処法を述べるのが一番わかりやすいと思うので,以下に手短に記しておく.

もともとわれわれはドメインを重視し,ゲノムにコードされたすべてのタンパク質について,構造既知のドメインに対する相同ドメインを同定し,GTOPデータベース [28] として公開してきた.その後,Jones らの予測プログラムDISOPRED によって得られた不
規則領域をGTOP に加えた.しかし,これではドメインと不規則領域を正しく考慮したことにはなっていない.転写因子について述べたように,予測プログラムは不規則領域のほかに未判定の空白領域を生じるからである.空白領域には構造未決定の未知ドメインが含まれている可能性があるので,空白部分をさらに不規則領域と(未知)ドメインに判別する必要がある.この問題は,いいかえると,不規則領域か否かという予測法の代わりに,タンパク質の全長をドメインと不規則領域に2 分する方法が必要なことを意味している.このような二分法は現在開発中なのでまだ最終的なことはいえないが,これが可能になれば未知ドメインの所在とその割合を知ることができるし,不規則領域の範囲をより正確にいうことができるだろう.こうして,ドメインと不規則領域の両方を同時に(かつ同等に)取扱うことができれば,上記の問題は解消できるだろうと考えている.


8. 残された問題

 真核生物は,一般にエクソンイントロンからなる遺伝子構成をもつという点で,原核生物と大きく異なる.転写の過程でイントロンは切り落とされ,エクソンどうしがつなぎ合わされて(スプライシング),次の翻訳の過程(タンパク質合成)へ進む.ところが,スプライシングは常に同じように起るとはかぎらず,エクソンのつなぎ換えを伴う「選択的スプライシング」が生じることがある.その場合,スプライシング異性体とよばれる産物(タンパク質)が得られるため,同一の遺伝子から複数のタンパク質を産生する機構として注目されてきた.この現象は遺伝子(DNA)側から見ると一見何の問題もないように見える.しかし,タンパク質側から見ると「信じられないほど無謀な」現象に感じられる.なぜなら,タンパク質はドメインを単位とする立体構造をつくるからであり,遺伝子のエクソン単位でアミノ酸配列が脱落するなどの変化が起れば,もはや立体構造は維持できないはずだから [29].ところが,天然変性タンパク質の登場によってタンパク質はドメインだけでなく,不規則領域をもつことになった.選択的スプライシングに伴う配列変化がおもに不規則領域の範囲内で起きるなら立体構造との齟齬は生じないだろう.

Dunker らは,まさにこのような予想を裏付ける統計解析の結果を発表した [30].それによると,選択的スプライシングによって変化する配列部分は不規則領域を期待値よりも高い割合で含んでいる,いいかえると,選択的スプライシングは不規則領域と「相性が好い」ことを示した.ただし,彼らはドメインを考慮しないので,選択的スプライシングのうち立体構造と抵触するものがどのくらいあるか,といったことは判らない.この点は,前節で述べたドメイン/不規則領域の二分法を適用すれば明らかにできると思われるが,これは今後の課題である.

さらに進化的観点から考察するとどうなるか? 選択的スプライシングと天然変性タンパク質はともに真核生物に特有の現象であり,たがいに相性が好い関係にあるとしても,それぞれの進化的由来に関連性があるかどうかは判らない.たがいに強め合う関係にあるなら共進化したという可能性もあるが,そう単純には判断できないだろう.この問題に対する1 つの手がかりは,細胞内局在性にあると考えている.表1 の数値は暫定的なものにすぎないが,天然変性タンパク質が核に多いといった局在性の偏りがあること自体はまちがいない.一方,選択的スプライシングがどのような種類のタンパク質に多い(少ない)か,といった統計データの有無に関しては知らないが,仮に表1 と平行関係にあるような細胞内局在性を示す場合は,両者の共進化を裏づける有力なデータとなるだろう.だがそうではなく,選択的スプライシングはタンパク質の細胞内局在とはまったく無関係に起きている可能性もある.その場合は,両者が独立の現象であることを示唆するが,それでは,なぜ期待値よりも高い頻度で選択的スプライシングが不規則領域で起るのかという疑問が残ることになる.いずれにせよ,解析すべき新たな事象は次々と現れ,その結果はまた新たな疑問を生じて尽きることがないのである.


9. おわりに

 天然変性タンパク質という概念が登場してからすでに10 年近くになるが,まだまだ研究者のあいだでの知名度は低いようだ.長い不規則領域(連続して30残基以上)をもつものは真核生物の全タンパク質の3分の1 以上を占める [10] といわれるのに,である.注目度がもっとあがるためには,何か重要な現象と関係づく必要があるのかもしれない.その1 つは,前節で述べた選択的スプライシングではないかと考える.不規則領域の存在が,選択的スプライシングが起るための(ほぼ)必須条件であるといえるならば,かなりのインパクトをもつだろう.もう1 つの可能性は,天然変性タンパク質は核内に特に多く存在するというデータと関係する. 核タンパク質における不規則領域の割合は、既述のように、転写因子の寄与を差し引いたとしてもまだ顕著に高い.ここから先はまったくの想像になるが,近ごろ話題になっている(mRNA 以外の)機能性RNA と関係してくる可能性である.種々の機能性RNA が転写産物として生じ遺伝子発現の調節などに関与しているなら,それらを補佐するタンパク質が必要ではないかと思われる.さらに,RNA―タンパク質の相互作用は特殊で,RNA との相互作用にとって(リボソーム・タンパク質のように)天然変性状態のタンパク質が特別に都合好いと仮定すれば,天然変性タンパク質が核内に多い理由が判明するだけでなく,機能性RNA とともにその注目度もアップすることになるだろう.以上は想像にすぎないが,私なりの予想でもある.これが的はずれでないかどうか,今後の研究動向が楽しみである.


文 献
1) 西川 建 (2007) 日経サイエンス37, 28-37.
2) Wootton, J. C. and Federhen, S. (1996) Methods Enzymol. 266, 554-571.
3) Wright, P. E. and Dyson, H. J. (1999) J. Mol. Biol. 293, 321-331.
4) 西村善文,中村春木 (2007) 蛋白質 核酸 酵素52, 937-942.
5) Sigler, P. B. (1988) Nature 333, 210-212.
6) Dunker, A. K. et al. (2002) Adv. Protein Chem. 62, 25-49.
7) Tompa, P. (2003) BioEssays 25, 847-855.
8) Brown, C. J. et al. (2002) J. Mol. Evol. 55, 104-110.
9) Fukuchi, S. et al. (2006) J. Mol. Biol. 355, 845-857.
10) Ward, J. J. et al. (2004) J. Mol. Biol. 337, 635-645.
11) Tompa, P. (2005) FEBS Lett. 579, 3346-3354.
12) Oldfield, C. J. et al. (2005) Biochemistry 44, 12454-12470.
13) Dunker, A. K. et al. (2005) FEBS J. 272, 5129-5148.
14) Haynes, C. et al. (2006) PLoS Comp. Biol. 2, e100.
15) Minezaki, Y. et al. (2006) J. Mol. Biol. 359, 1137-1149.
16) Liu, J. et al. (2006) Biochemistry 45, 6873-6888.
17) 西川 建,峯崎善章,福地佐斗志 (2006) 蛋白質 核酸 酵素51, 1827-1835.
18) Minezaki, Y. et al. (2005) DNA Res. 12, 269-280.
19) Tompa, P. and Csermely, P. (2004) FASEB J. 18, 1169-1175.
20) Namba, K. (2001) Genes Cells 6, 1-12.
21) Dyson, H. J. and Wright, P. E. (2005) Nature Rev. Mol. Cell Biol. 6, 197-208.
22) Minezaki, Y. et al. (2007) J. Mol. Biol. 368, 902-913.
23) Andreeva, A. et al. (2008) Nucl. Acids Res. 36, D419-D425.
24) Leipe, D. D. et al. (1999) Nucl. Acids Res. 27, 3389-3401.
25) Orengo, C. A. and Thornton, J. M. (2005) Annu. Rev. Biochem. 74, 867-900.
26) Vogel, C. et al. (2004) J. Mol. Biol. 336, 809-823.
27) Ekman, D. et al. (2005) J. Mol. Biol. 348, 231-243.
28) Kawabata, T. et al. (2002) Nucl. Acids Res. 30, 294-298.
29) Homma, K. et al. (2004) J. Mol. Biol. 343, 1207-1220.
30) Romero, P. R. et al. (2006) Proc. Natl. Acad. Sci. USA 103, 8390-8395.
31) Tong, A. H. et al. (2002) Science 295, 321-324.