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ニシカワケン

表現型主導の進化モデル

オリジナル記事:「生物物理」談話室 55,212-215(2015)DOI:10.2142/biophys.55.212  西川 建・金城 玲「表現型主導の進化モデル」


1. 衝突する進化論

 最近,Nature 誌に「進化論は再考されるべきか?」というコメントが掲載された [1].その記事は,「再考の必要あり!」と主張する変革派 8人と,「その必要なし!」とする守旧派 7 人のあいだのディベートという形をとっている.守旧派が主張する進化論は「現代総合説」ともよばれ,現在の進化論のパラダイムをなす.もう一方の変革派は,現代総合説には限界があり,それを突破する必要があると主張する.具体的には,変革派はこれまで現代総合説によって軽視ないし無視されてきた環境の影響・表現型可塑性・発生の可塑性・エピジェネティック効果などを進化論に取り入れるべきだと主張する.それにより現代総合説では説明のつかなかった表現型の急速な進化の説明が可能になるという.変革派の諸理論はそれぞれに強調点が異なり,1 つにまとまっているわけではないが,現代総合説は狭く限定されており,拡張する必要があると主張する点では共通する [2].したがって,それらの諸理論は一括して「拡張総合説」(以下「拡張説」)とよばれる.両者の対立は10 年以上前からあり,年を追うごとに激しさを増し,いまや爆発寸前という状態にある.この対立が解消されるとしたら,拡張説の側がこれまでパラダイムとして君臨してきた現代総合説の限界を克服し,真に新しい進化論を打ち立てる以外にないと思われる.


2. 問題意識

 パラダイムとしての現代総合説のもっとも大きな問題点は,進化と遺伝,遺伝と発生はそれぞれ直接的に関係しているが,発生と進化はうまく噛み合わず,隔絶していることである.この齟齬には明確な理由がある.発生の結果生じる表現型(成体)は環境や育ちの違いによって個体が後天的に獲得した形質,すなわち獲得形質を含む.ところが現代総合説によると,獲得形質は遺伝せず,遺伝しないものは進化に寄与しないという.すなわち,獲得形質を含む発生上の変更は進化とは無関係となり,発生と進化の関係は切れてしまう.一方の拡張説は,発生過程や表現型可塑性が進化にとって重要だと指摘しながらも,それらがどうやって遺伝子変異をともなった進化に転化するのか説明できていない.

我々は,従来の現代総合説には,発生と進化の関係について論理的な問題があると考えるようになった.それは,「獲得形質は遺伝しない.遺伝しないものは進化に寄与しない。したがって獲得形質は進化に寄与しないので無視してよい」という現代総合説の基本的な主張は論理的に正しくないのではないか,という疑問である.この問題は自然選択を考えるとよくわかる.自然選択は個体の表現型(構造と機能)に作用する.表現型は遺伝子型(ゲノム)によって決定される遺伝的な要素と後天的に得られる非遺伝的な要素(獲得形質を含む)からなる.つまり,獲得形質も表現型の一部として自然選択の働きを受けるという形で進化に寄与する可能性があり,無視できない.この考えを突き詰めることで,変革派が指摘する総合説の問題点を乗り越えるとともに,変革派自身が解決できなかった問題をも解決できることを以下に示す.

現代総合説が表現型可塑性や獲得形質を軽視または無視してきたのは,それらの機構が長らく謎であったことも一因だろう.この状況は近年の「エピジェネティクス」の発展によって変わりつつある.ゲノムはその全体がエピゲノムと呼ばれるクロマチン修飾(DNAメチル化とヒストン修飾)で覆われており,ゲノムにコードされた遺伝情報の発現はエピゲノムにしたがって制御される.同一のゲノムを保ったまま種々の細胞が生じるという細胞分化の謎は,ゲノムとエピゲノムからなる二層構造(ゲノム情報とその制御システムの分離)によって分子論的理解が可能になった.ゲノムは個体の全細胞,全生涯を通じて基本的に変わらないのに対し,エピゲノムは組織や細胞ごとに差がある.また外界からの影響(環境変化,生活習慣,育ちなど)によって変化することもあるので,病気にも深く影響する.そして,これまで実態の不明な概念として生物学者から敬遠されてきた「環境の影響」やそれが誘導する「表現型可塑性」や「発生の可塑性」といった現象が,エピジェネティクスによって具体的に理解できる見通しがでてきた.以下に述べる進化モデルによって,エピジェネティックな変異が後天的な表現型変異として進化に関与することを示したい.


3. 進化モデルとシミュレーション

 以上のような問題意識の下に,我々は「共同作用モデル」と名付けた独自の進化モデルを着想し,論文にまとめた [3].詳細は原論文を参照して頂くことにして,以下では共同作用モデルの概要を紹介することにしたい.

まず我々は,「生物の進化は環境変化によって生じる」と考えた.これは育種を進化のモデルと見なしたDarwin に端を発する現代総合説の考え方「環境変化がなくても集団中に個体差があれば,相対的に高い適応度を持つものが選択されて繁栄する」とは対照的である.さて,ある生物の集団が安定した環境A の下にあるとして,ある時点で環境がA からB へと突如として変化し,その後は環境B がずっと続くとする.このような環境変化に遭遇した集団は,時間(世代数)とともにどのように変化するか? この問題を従来の総合説で考えるには,自然選択の作用を受ける個体の表現型値P を与える次式が基本になる [4].

  P = G + E                       (1)

ここで,表現型値P がある閾値を超えると新規の表現型を発現すると解釈する.G は遺伝的変異による表現型への寄与を表し,E はG 以外の寄与による集団内の個体のばらつきを表わす(環境偏差と呼ばれる).このE 項は(個体によらず)平均値0,標準偏差σ(E )のガウス分布で与えられる [4].

第1 項のG は,今考えている表現型に関与する遺伝子が全部でL 個あるとして,それぞれの遺伝子変異の効果を相加的に考慮した値である.各々の遺伝子変異は個体の生存にとって半々の確率(もっとも簡単な仮定)で有利または不利とした.このG の値は交
配によって増減しうる.なお,最終的に表現型値に実効的な寄与を持つ遺伝子変異のみを考えるので,中立的な変異は無視した.

以上の総合説のモデル化に対して,共同作用モデルでは,次のように少しだけ基本式を変更する.

  P = G + F                       (2)

ここで F は非遺伝的要因に対応し,巨視的な観点からいえば表現型可塑性による形質変異(獲得形質)を,あるいは微視的にいえばエピゲノムの変化による表現型変化を表す.こうして左辺のP は,ゲノムに依存する項(G)とエピゲノムに依存する項(F )からなり,個体の表現型は両者の共同作用によって生じることを表す.エピジェネティックな効果は,さまざまな細胞や組織にいろいろな仕方で現れる効果であるため,F としてガウス分布(平均値0,標準偏差σ(F ))を仮定するのは妥当だろう.これは式1 と式2 は本質的に同じ理論であることを意味する.両者のちがいは,ガウス分布標準偏差の大きさの違いで表わされ,環境偏差E にくらべて,エピジェネティック項F の分布は有意に大きいとした:

  σ(E ) < σ(F )                  (3)

つまり,従来単なるノイズとしての役割しか与えられていなかった環境偏差 E に,エピゲノムという環境応答機構を考慮することによって積極的な意味を与え,それをエピジェネティック項 F に置き換えたものが共同作用モデルである.

詳細は省略するが,簡単な遺伝的アルゴリズムによる集団の個体数変動のシミュレーションを次のように行った.1)個体数の初期値および上限(最大値)はともに10 万とした.2)σ(E ) は初期集団のG の標準偏差と同程度,σ(F ) はその数倍程度とした.3)第0世代に始まる大きな環境変化に対応して閾値モデルを導入し,閾値を超える大きな表現型変化を示した個体のみが淘汰圧を克服して無条件で選択されるとした.4)選択則は,閾値を超えるP 値を持つ個体は無条件(確率1)で生き残り,P 値が負の個体は確率1 で死に絶え,それ以外は一定の低い確率(q)で生き残るとした.5)生き残った個体は交配し,個体あたり平均4 個体の子孫を残すとした.このとき個体(子ども)の L 個の遺伝子のそれぞれは,両親のどちらかからランダムに選ばれる.その結果,個体のG 値は増減する.6)その後すべての親が死ぬことによって世代は入れ替わる.

なお,シミュレーションでは,2 つのモデル ―式1の総合説モデルと式2 の共同作用モデル― に対して同一のパラメータセットと初期条件を適用し,結果を比較した.


4. 瓢箪から駒

 シミュレーションの結果を見ると,2 つの進化モデルの差は歴然としている(図1).総合説モデル(赤いトラジェクトリー)では世代とともに個体数が単調に減少し,ほぼ15 世代あたりで絶滅(個体数 0)してしまう.それに対し共同作用モデル(青いトラジェクトリー)では,最初の数世代までは個体数が単調に減少するものの,その後は個体数の減少は止まって上昇に転じ,V 字回復をする(図1A).両モデルの違いは,個体数変化だけでなく,それぞれの世代で生き残った個体についての表現型値の平均<P>(図1B),エピジェネティック効果による寄与の平均<F>(現代総合説モデルでは<E>)(図1D)の時間変化でも顕著な差が認められる.

共同作用モデルでは,<P> と<F> は最初の急激な立ち上がりのあと,前者は緩やかに上昇を続けるのに対し,後者は次第に減少する.このことは,環境変化のあと最初の数世代のあいだは,生き残る個体はもっぱら大きなF 項を持つものに限られるが,世代が進むにつれて<G> が徐々に増大(個体あたりの有利な遺伝的変異が蓄積)し,<F> が<G> に置き換えられていくことを示している.この点は,Waddington によって行われた「遺伝的同化」の古典的実験 [5] を想起させる(後述).一方,総合説モデルではE 項が大きな値を持ち得ないため,このようなことは起きない.

集団における個体の持つG 値の分布を世代ごとに比較してみると,分布のピーク(最頻値)は世代とともに確実にG の増大する方向にシフトして行くことが読みとれた(文献3 の付録Table S1 を参照).これはちょうど,Dawkins が主張した「累積淘汰」による高速進化の現象 [6)]に相当する.このように共同作用モデルの簡単な基本式(式2)に基づいたシミュレーションによって累積淘汰の現象が自動的に現れたのは,まったく予想外のことであった.累積淘汰が現れた理由を考えてみると,十分大きな正の F 値を持つ個体はG 値が(閾値に比べて)低くても生き残ることができ,G 値が高い個体は比較的低い F 値でも生き残れるため(図1D),G 値のより高い個体が出現するごとに(相対的に)安定化されるというラチェット機構が成立しているからである.こうして,累積淘汰が可能になるメカニズムは,共同作用モデルによって余すところなく理解できるのである.


5. 実験との比較

 我々の進化モデルとよく合うような実例が見つかれば,モデルの信憑性が高くなる.我々は比較の対象として,現代総合説では説明が難しいとされるWaddingtonの遺伝的同化の実験を選んだ.ショウジョウバエを用いたWaddington の実験は分子生物学が登場する以前の1950 年前後に多く発表されている [5].(ちなみに「エピジェネティクス」はWaddington による造語である.)

 Waddington は何種類もの実験を行っているが,ここではそのうちの1 つだけを取り上げる.この実験では,野生型のショウジョウバエの実験個体群の蛹に熱ショック(40°C)を与えた.そうすると,羽化した成虫のなかの40% に翅の横脈の一部が欠失

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図1
シミュレーションの結果(文献3 より転載).総合説モデル(赤線)と共同作用モデル(青線)に基づくシミュレーションを,乱数のシードを変えてそれぞれ5 回ずつ行った.A:世代交代にともなう個体数の変化.B:各世代で生き残った個体あたりの表現型値P の平均値の変化.C:遺伝子型値G の平均値の変化.D:環境偏差E(赤)の平均値またはエピジェネティック項F(青)の平均値の変化.なお,個体数が0 に近づくと分散は大きくなりすぎるので,個体数が10 未満のときのB,C,D プロット(赤)は省略した.

する表現型変異を持つ変異体が現れた.そして変異を持った個体だけを人為選択し,選ばれた個体どうしを交配させ,卵を産ませる.こうして得られた次世代の個体に対しても親世代と同じ外的ストレス(熱ショック)を加え,成虫にまで育てて変異体を選別する.このプロセスを10 ~ 20 世代にわたって繰り返すと,成虫にまで育った個体中の変異体の割合がどんどん上昇し,ついには外的ストレスを加えなくても成虫はすべて変異
体ばかりになる(固定化)という.このような現象をWaddington は「遺伝的同化」と呼んだ.現代総合説では,一般に集団に新しい形質が発生し,それが集団全体に固定するのには,少なくとも数千~数万世代はかかる [7],と言われる.したがって,遺伝的同化の現象を総合説で説明することは困難である.

さて,Waddington の遺伝的同化の実験と共同作用モデルのシミュレーションを比較すると,前者は外的ストレスと人為選択,後者は環境変化と自然選択という違いがあるものの,集団や個体の表現型および遺伝子型の時間的変化について見ると,非常に良い一致が認められる.まず外的作用(環境変化/外的ストレス)を受けると,集団中のある割合の個体に顕著な表現型変化が現れる.この変化は初期世代の集団内に現れる(このとき個体のゲノムは変化しない)ので,遺伝的変異によるものではないことがわかる.これは図1 では,初期世代(<G> = 0)における<F> および<P> の跳ね上がりに相当する.このように,遺伝的変異に先立って集団中に一定の割合で表現型変異が起きるのは表現型主導進化に特有の現象である [8].

さらに,Waddington の実験では最終的に外的ストレスを与えなくても変異体が生じることをもって,遺伝的同化のプロセスが完了し,新しい変異が集団中に固定したと判断された.一方,我々の図1 では,世代とともに<F> の効果が<G> によって置き換わって
ゆく,まさに遺伝的同化の過程そのものがシミュレーションによってみごとに再現されていす.とくに遺伝的同化の実験が10 ~ 20 世代で完了するという結果は,同じように速い進化が累積淘汰によって可能になるという共同作用モデルの結果とよく一致している.


6. おわりに ― 真の総合説へ

 現代総合説モデルと共同作用モデルの基本式は,一見したところ同じにしか見えないかも知れない.しかし,「2.問題意識」で述べたように,共同作用モデルは「獲得形質」を取り込んだ進化モデルであり,その点で獲得形質を完全に無視する現代総合説とは決定的に異なる.共同作用モデルではエピジェネティックな表現型変異と獲得形質はほぼ同じように見なし,両者とも式 2 の非遺伝的な項F として取り扱った.ただし,すべてのエピジェネティック変異/ 獲得形質が進化に寄与するわけではなく,自然選択によって選ばれる適応的なものでなければならない.エピジェネティックな変異の中には顕著な表現型変化をもたらす例も多数知られるようになったことから[9],式3 の「F の分散はEに比べて顕著に大きい」という仮定は妥当である.したがって,式1 と式2 は定量的にも定性的にも明確に異なるといえる.   

式2 のF 項には,獲得形質やエピジェネティックな変異のほかに,発生の可塑性に基づく変異も非遺伝的変異の効果として代入できる.そして,F が適応的な発生学的変異(大きな正の値)ならば,累積淘汰と遺伝的同化が作動し,進化が起こる.つまり,発生学的変異を進化のメカニズムに組み込むことができ,発生と進化が連結されることになる.こうして,冒頭で述べた我々の問題意識―発生と進化の齟齬―は解消され,遺伝と発生と進化は1 つの連続した円環として閉じることになる.同時にそれは,遺伝と発生を踏まえた「進化の真の総合説」への道を拓くことになる.


文 献
1) Laland, K. et al. (2014) Nature 514, 161-164. DOI: 10.1038/514161a.
2) Pigliucci, M., Muller, G. B. (eds.) (2010) Evolution: The Extended Synthesis.

 MIT  Press.
3) Nishikawa, K., Kinjo, A. R. (2014) BIOPHYSICS 10, 99-108.   

 DOI:10.2142/biophysics.10.99.
4) Barton, N. et al. (2009) 進化(宮田隆・星山大介監訳)メディカルサイエンス

 インターナショナル.
5) Scharloo, W. (1991) Annu. Rev. Ecol. Syst. 22, 65-93.

 DOI:10.1146/annurev.es.110191.000433.
6) Dawkins, R. (2004) 盲目の時計職人(日高敏隆監訳)早川書房
7) Lande, R. (2009) J. Evol. Biol. 22, 1435-1446.
8) West-Eberhard, M. J. (2003) Developmental Plasticity and Evolution.
 Oxford Univ. Press.
9) Gilbert, S. F., Epel, D. (2012) 生態進化発生学(正木進三他訳)東海大学出版会.